ああ、思い出と〇〇ラジオ

注意!

この記事は、あるPodcastに関する感想のようなものであり、ネタバレがあります。そして誰かの了承を取ったものではないので予告なく非公開になる場合があります。

出会い

 皆さん、こんにちはLac-Qです。少し暑いのが落ち着いた際に創作意欲も復活してやっぱり最後の敵は環境か・・・などと思っております。始まりあれば終わりあり。始まったということはそれは同時に終わることを意味しています。そんな思い出話です。

 遡ること二年前、私は部活と勉強に追われる中、Podcastを始めた。といっても既にseason2と銘打っていたのだが、まぁまだまだ初心者であった(もちろん今もだが)。宣伝のために作ったPodcastの公式ツイッター、Podcastのコミュニティがこんなにも大きかったのかと驚いたのを今でも覚えている。私がそういった宣伝活動を始めて最初に思ったことは「俺、勉強足りないじゃん!!」
 そう、私は配信するくせに人の番組はほとんど聴いていなかったのだ。断っておくと配信者が他人の番組を聴かなければいけないということは決してない。あくまでも私の価値観においてリサーチなくして自分たちの方向性は決まらないと考えていた。だけど一体どの番組を聴こう。あまりにも多くのPodcastが世にあって、選ぶのは大変だった。だから私はツイッターでフォローを返してくれた人に関して、表示順に勘で聴いてみることにした。そこで一番初めに聴いたのが「DJコニーのラララジオ」であった。出会ったのであった、なんつって。

 一言で表すなら衝撃だった。というか、自分が目指すべき姿がおよそそこにあったのだ。雑談調であること、台本がほぼないこと、飾らない面白さがあること、これらの要素は私がなんちゃって委員会でやりたかったスタイルだし、私の聴きたい番組の形式でもあった。人の生活の一部を盗み聞きするような、その中にPodcast特有のパーソナルな雰囲気もあるような、とにかく私は虜になった。

そしてしばしのお別れ

 一度虜になった私はもう毎回楽しみに聞いていた。基本過去回は遡らない私もこの番組だけは1話を聞いた。それぐらい、かけがえのない番組だったのだ。しかしそれも186回をもって終わるらしい。私は反応が遅れていた。なぜなら、この数週間私は暑さに完全にやられていてPodcastを聴く余裕はなく、時間があれば自分の音源の編集をしていたのだ。今思うと本当に悔やまれる。

 ある日、Twitterの通知で「〇〇〇さんのツイートに元DJコニーさん他がいいねしました」ときたのだ。あれ?何故「元」?そう思った私はすぐにプロフィールを見に行った。・・・ツイートを見るとその意味がわかった。

 「番組に最終回ってかいてあるやないか!!(エセ関西弁)」

 なななあに!!衝撃に次ぐ衝撃。私は一種のジョークを疑った。でも今はエイプリルフールでもないし、コニーさんが辞める辞める詐欺をするとも考えにくい。わざわざプロフィールまで変えるくらいなのだから。急いで自分のポッドキャストアプリを確認すると未聴は4回分あり最新配信分には確かに最終回と打たれていた。私は恐る恐る第183回を聞き始めた。

ああ、無常

 これは仕方のない出来事であった。というかPodcastは広告費がない以上趣味が圧倒的に多いし、良くても自分の活動を広めるプロモーション番組にしかならない。だから無理な配信をリスナーが求めるのはお門違いだし、このことに対して本来言及すべきではないのだろう。だが、ツイッターではなくあえて感想をブログ記事にした今、あえて言わせてもらう。

 「もっと聞きたかった!」

自分が聞いている大好きなPodcastなのだ。もっと聞きたいのは当然の感想である。私にとって購読中の番組が明確に終わったと言うのは初めての経験だった。「おじさんの知らない魔女の話」はコンセプト上最終回が告知されていたし、正直「クズをやめるのは明日から」はあまりにも更新されず音沙汰もなかったので蒸発してしまったのかと思って諦めていた。(もちろんそんなことはなかったのです。面白い最新回が待ってます。)しかしラララジオはまさに唐突に終わっていった。183回で息子さんが収録現場に現れ、184回で禁酒を発表し、185回で精神崩壊している話をし、最終回を迎える。これは無情としか言えない。コニーさん、よっつさん本当にありがとうございました。

番組存続の怪しさ

 私は最終回の事実を知った上で183回から聞いたので何の参考にもならないのかもしれないが、番組の不安定さは以前から感じていた。ここからは軽く考察してみようと思うが、別にだからどうと言うことはなく私の日記だと捉えてほしい。

 私が最初に怪しさを感じたのはコロナ自粛が始まり、コニーさんが愚痴を溢すようになったときだ。年明けの155回の通常運転さや157回のエクストリームおとぎ話のお子さんのとのほんわか感は非常に前向きで明るい番組の性質が前面に押し出されていた。ある種子育て雑談番組のテイストなってきたのも当初とは大きく違う点だが、それでも毎回爆笑の内容であった。162回のアニメ設定最適化論などのオピニオン系も聞いていて非常に楽しかった。しかしコロナの足音が確実に聞こえてきたころ番組の雰囲気も少しずつ変わる。まずは169回のテレ収録に始まりいわゆるコロナ関係の話題が多くなっていく。これは何もラララジオだけでなくほとんどの雑談系Podcastに言えることだが、コニーさんの疲労が回が進むにつれ増していくように感じたのは事実だ。しかしこの時点でリスナーである私は何の疑問も持っていなかった。何故ならくまーさんとの新曲の案件や新企画としてのゲーム配信など、コロナ渦で番組をどう進めていくかが見えていた気がしていたからだ。

 が、180回あたりから気になっていたことがあった。それはコニーさんとよっつさんのテンションの違いだ。なんとなくだが、コニーさんのテンションが低く、よっつさんが浮いているように聞こえるのだ。出かけたいけど、子供が小さくコロナもあると言う理由で外出できないことを嘆いたりとネガティブなことも多くなっていった。YouTubeの軽い挫折エピソードもあり、だんだんと雲行きが怪しくなってきたのを感じていた。(後からはなんとでも言えるが)

 禁酒にバイクの売却というのも気になっていたことだった。18の私が言ったら非難轟々だろうが、何か変化を求めて自分を追い詰めているように聞こえたのだ。よっつさんが指摘して通り性格ということなのであろうが。受験勉強に専念するためにゲームを売る、痩せるために食事を抜く、自分のなりたい姿のためにもともとの楽しみを奪って自分をやるしかない状況に追い込むというのはよくある話だが、うまくいかない場合もよくある。結局はそのストレスが何処かに回ってくる。私も高校受験の際散々それでやらかした。そして精神がキリキリのなった1月にしてベヨネッタを買うよう半ば親から指示されたのは言うまでもない。そして185回、全てが最終回につながっていることに納得した。まずコニーさんのプレッシャーの所在が明らかになったのに対してよっつさんの圧力のかけ方が正直聞いていて怖かった。きっとこれはよっつさんの性格であり、過去回でも基本的に同じであるのでこのよっつさんとコニーさんのやり取りが魅力なのは十分わかっている。しかし1リスナーとして何か引っかかっていた。アル中の話に対して高らかに笑うよっつさんと真面目なトーンで説明するコニーさんの対比は聞いていて違和感があったことは正直に記しておきたい。そして最終回でも指摘のあった通り、楽曲に対してのよっつさんの話は失礼にあたるとも思うし、配信すべきかどうかは微妙なところであろう。もちろんこれが何と言うことない通常回であったら流してすむことであったと思うが(現に私も「よっつさん失礼だなぁ笑」ぐらいにしか捉えていなかっただろう)

 最終回を知った状態で185回の最後の方を聞くのは辛かった。だって「コニラジは不思議とやめない」と言っているのが何とも辛い。

最終回

 最終回についての感想も書こう思って見出しまで書いたのだが、聞き直して冒頭の謝罪の部分であまりにも辛くなったのでもう記事は終わりにする。悲しいし、かといって批判くさくなって誤解をうんでも申し訳ないし、何とも言えない気持ちにさせられる最終回であった。

今後の展開

 別にリスナーなんで知りませんが常にコニーさんの復活は期待してます。もちろん、人生で一度はお会いしたい、もしこの記事を読んでくださっていたら恥ずかしくて爆死してしまうぐらい尊敬している方です。私も配信者の端くれですがとても出演依頼などは直ではできません。だからこそどなたかの関係でまたコニーさんが番組を初めて、10年後ぐらいによっつさんと再共演するみたいな展開は熱いですよね。楽しみにさせていただきたいと思うと同時にこの記事のまとめとさせていただきます。


本音を言えば一度インタビューはしてみたいなぁ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です