妄想小咄「強さ」

 「E先輩って彼氏とかいるんですか?」

 僕は勢いに任せて尋ねてしまった。別にそれの答えが「いない」だったとしてその枠に自分が入ろうだなんてそんなこと少しも思っていなかった。もちろん「気になってなんかいなかった」というのは嘘である。だが、きっと彼女のタイプの男性は私のような気弱な人間ではないだろう。どこかにそんな確信があった。まっすぐとした目にツンとした声、あまりにも芯の強い言動はへにゃへにゃな僕が近くにいて良い存在ではなかった。誰も彼も、彼女の意思を崩せるものはいなかった。そんな強さに憧れていたのかもしれない。だから彼女の現状が知りたかったのだ。強さの秘密を。

 「ん・・・あのね」

 そう言うと、彼女は魔女のまつげをキランとさせて僕を見ていた。僕はカエルになっていた。その少しの間にB先輩の鼻息が聞こえた。隣にいたから見えなかったけれどきっとクスリと笑っていたのであろう。僕はまずいことを訊いたかなとカエルから石になった。

 「私、恋人はいるの。でも女性なんだ」

 サーっと血の気が引いた。とてもひどいことを言わせてしまった。あまりにも無知であった。自分も恥ずかしかったのだが、やはり相手を決めつけて質問してしまったというのが自己嫌悪的に屈辱にも似た吐き気を呼び起こした。彼女は気を遣って「びっくりした?」と笑った。B先輩は「どうせ隠せないしな」とよくわからないフォローを入れた。こんなにもあっさりとそういったこと(巷ではカミングアウトと言うんだっけか)をする人がいるのか・・・。クラスに一人だっただろうか、その程度の割合でいるらしい。だから彼女が一員であってもなんら不思議な話ではない。でも、少なくとも入ってきたばかりの後輩に引退間近の先輩が言うことは少ないと思う。

 僕だったらなんと言っただろう。

 「恋人?フフフ、実はいるよ(彼女だけどね)」

 こうだろうか。あるいは

 「(彼氏は)いないよ(恋人はいるよ)」

 だろうか。うーんしっくりこない。よく人前で恥ずかしいからと「彼氏/彼女はいない」と嘘をつく人間がいるが、あれと同じような気持ち悪さだ。相手への敬意が欠けている。本当に好きな人なのであれば恥ずかしいからというような理由で存在を隠蔽するだろうか。恥ずかしくても好きだから認めざるを得ない、こうあって欲しいと思う。つまりここからわかることは彼女は恋人のことが恥ずかしさや、身勝手な偏見を被る恐怖を打ち破るほど好きだ、ということだ。そしてその恥ずかしさや恐怖は僕の想像を遥かにこえて彼女に重くのしかかっているのかもしれない。「打ち破る」・・・そうか「強さ」か。変に僕は納得してしまった。

 帰り道、彼女が電車を降りた後、B先輩に説教された。どれも至極まっとうな話で、僕はただただ反省した。もう金輪際、人にこんな失礼はしないことを誓った。流れが流れであったとしても。

 帰ってからも、雑な質問をした場面がフラッシュバックし悲しくなった。きっと彼女は強いから、明日も学校で話しかけてくれるのだろう。そこで辛い顔を見せてはいけない。こちらの申し訳なさが伝わるとより申し訳ないからだ。もう一つ悲しくなったことがある。彼女の「強さ」を目の当たりにした僕は彼女を好きになっていた。

 次の日、僕は寝坊した。

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