終わり良ければ全てよし?

さてさて夏が胸に騒ぐ季節ですね、Lac-Qです。毎年毎年暑くなっているような気がします。

諸行無常という言葉、皆さんはお好きですか?平家物語を嗜んでいるわけではありませんが、私はこの言葉非常に好きです。
なぜかと言えば、「終わり」に対する意識が表れているからです。「終わり」を受け入れる広い心を表しているのではないでしょうか。
今日が終わり、明日が終わり、人生が終わり・・・とゴールがあるから頑張れる、というのは多くの人に当てはまるのではないでしょうか。

今回私はこのCLRの「終わり」を示唆したいと思います。始まったばっかで何言ってんだって感じですが、目標と終わりは近からず遠からず。
さて私はPodcastに足を突っ込んでから役3年となるのですが、もともと始めた理由は「思い出ときっかけを残したい」からでした。中学のころから毎日話していたりゅーだい、じょーたという友達に対して高校になってからもその繋がりを途切れないようにするための手段だったのです。
皆さんはどうでしょうか?中学校の友達と再会した時、ついつい当時の思い出ばかり話してはいないでしょうか。別にそれが間違っているわけでも楽しくないわけでもないと思います。でも、私の場合、毎週日曜はじょーたの家に朝9:00から遊びに行く生活だったので、このペースで高校に入れば思い出話だけでは場がもたなくなると思ったのです。かと言って「クラスのあべこーがぁ」と言ったところで通じるわけがありません。もちろんゲームはたくさんしていましたが、一日中それで満足できる日は少なかったです。
そんなマンネリの打開策が「何をするか会議」でした。これなら合法的に丁寧な会話ができるし、「収録のため」という名目で定期的に集まりやすかったのです。だから最初の一年間、内容は今よりも雑でしたし「この会話が記録として残るならいいや」という感じでした。
しかし、辞める気もありませんでした。

そうして多少の試行錯誤の結果、今に至るわけですが、これからもダラダラと続けていけるとは思っていません。むしろそれでいいのです。具体的に言えば「何をするか会議」の定期配信はどんなに頑張ってもあと10年、2030年までではないか思っています。なぜか。それは私たちの年齢や環境です。10年後3人は29歳、たぶん社会人になって働いているでしょうが、そんなに暇ではないのです。今ですらじょーたは遠隔、りゅーだいは休みの日に召集していますから、「新しい趣味ができた」「子供ができた」という理由で簡単に日曜は潰れると思うのです。りゅーだいはやや特殊な時間で活動していますし、じょーたには自分のやりたいこともあります。私自身も他の趣味、または番組に力を入れている可能性もあります。そうなると、この「何をするか会議」の優先順位はおのずと下がっていくのでは?と今は考えています。ダラダラを受け入れてくるほどリスナーがそもそも多くないというのもありますし。なんとなくですが「それぞれの道で忙しくなったから番組は終了」というのが理想的だと思います。10年後、それぐらい忙しくて幸せならいいんですが・・・

もっと近いところでいうと、ミキサーシステム。これは1年間100回の放送で一旦終了しようと思っています。週2配信で編集量もピカイチのこの番組はケツを決めないとモチベーションが上がらないからです。これは本当の意味で自分の力を試す実験番組なので成果が乏しければそこで打ち切りです。ダラダラ続けるには大変な番組ですので。その後については、リスナーの皆さん次第ですね。
こんな未来にPodcastこちらも早い段階で終わりになるでしょう。若者の意見を紹介するので私が若くなくなったら自動的に終了です。eggも多才なので暇な日は少ないですし。

「終わり」があった方が楽で楽しい、という雑談でした。最後に「終わり」を謳歌する歌を貼り付けておきますので、是非聴いてみてください。適度に急ぎます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です